2007年10月28日 (日)

バラエティと教育-1

80年代を代表するバラエティ業界の大御所が顔を会わせた日本教育白書という番組があった。総合司会はビートたけし氏らしいが、現場では爆笑の太田氏がご意見番だった。自分の目には田中氏が一番の切れ者司会者と感じた。

たけし氏は80年代の漫才ブームからいち早く抜け出し、ひょうきん族、風雲たけし城へと活躍の場を広げていった。それを支えた敏腕プロデューサーがテリー伊藤氏だ。ふたりはそれまでの習慣やオカルト、有りとあらゆる物をチャカしてきている。
ある時は「先生、それは空中浮遊なんですか?、俺にはあぐらかいてジャンプしてる様にしか見えませんがねぇ!」某宗教団体への潜入取材?。それを前後して写真週刊誌にその団体教祖の浮遊写真も話題になり大きく信者を増やす要因となった。その後団体は危険な方向へ進んでいく。
いたこをチャカしてお笑いにして、協会からクレームをもらったりもしていた様だ。
今でこそ世界の北野と言われるぐらいの文化人とされているが、80年代の氏を考えると、なんともである。
テリー氏も番組の中で話していたが、おもしろいと思った事はすべてやった、と言うことだった。バラエティの神様と言われ伝説的存在だ。
そんなふたりが教育について語る番組に出ている事が滑稽で笑えた。

爆笑の太田氏が亀田問題についてテリー氏に異見していたが、そこは流石にテリー氏、流れを読む早さはバラエティをリードしてきた猛者と感じる。
言ったもん勝ち、やったもん勝ちを自でいくこの二人について来られるもんは着いてこい。出来なきゃ置いていくぜ状態。

教育って何だと考える時、この二人から教わった事、「1は俺たちがやって見せた。2からはお前ら自分で考えろ!。」って感じですかね。
いろんな意味で彼らは先生になっている。

実際、教わって身に付くことなんてそんなに多くはない。最初の基本を叩き込まれた後は自分の引き出しの整理をして応用していく事が後につながる事になる。

で、結論はと言うと現在の教育の「最初の1が間違ってる。」ってのが実感です。

2007年9月20日 (木)

放送中なぜ、UFOを見られなかったのか。

Pan

たぶん、2004年ぐらいから放送されていたタモリ氏の番組トリビアの泉の後番組として始まった「超ベストハウス123、今夜は4時間生放送!」スペシャルでの事。

司会はロンブー田村淳、田村亮でアシスタントが「モデル時代勤労、結婚後臨月まで勤労、ママになっても勤労。」の本上まなみさん。
本上さんが結婚したときファンだった友人が「おらぁ見ただ、あの旦那が駆け出しの頃パシリをさせられてイジられていたのを。」と残念がっていた。


番組のあらすじはこんな感じ。 サンチャンや芸能密林の王者シンスケ氏の番組と同様、多数の芸人が会場に集まりイケメンオバカのトンデモ解答の123や、ギネス世界記録への挑戦、放送中のUFO飛来実験、世界的美女ニューハーフ123など、生放送なのに新聞で内容紹介されている超常現象のおまけつき。 というもの。
最終的には居合い道の若き達人がギネスに挑戦。がメインだった気がする。 柔道もそうだが、世界ルールっていうのが曲者。居合いの場合15センチ幅で区切られた中のみの切断が公式で、ひもを切ると無効なんてのは世界のいったい誰が決めたの?状態。 柔道の場合投げた後、誰が見ても分かるいっぽんなのに、返えしのフォールで逆転いっぽん勝ち。「ばっかじゃないの、脱退すればいいのに。」なんて思ってしまう。これが超常現象でなくして何だ!状態ですな。
芸人さん達の中には、まだ撮影も終わっていないかもしれない自分のネタ123看板を掲げ必死にアピールする、さらに超常現象はつづく。 中でも可愛そうだったのがパッション屋良。放送中カメラが彼のアピールをとらえる事が無かったという現象には驚愕した。私の地元では土曜日のお昼の顔であるパッション屋良さんが・・・。 審議長の荒俣さんなんか、最初はルーレットボタンまじめに押していたんだけど、途中から隣の審議員にむりやり押させていた。番組内宇宙の壮大な計画が見えてきたんだろうなぁ。
その夜あれだけの巨大セットを作り上げたUFO飛来実験は、リアルにカメラでとらえる事が出来ず、お茶の間は「デジカメのこまった画像を見せられただけ」で驚愕の口あんぐりな超常現象が各地でおこっていた。次回チハラ兄弟の罰ゲームあるのかないのか、番組はぐずぐずの状態で終了した。

その後、別の局で見た長嶋一茂氏が気丈でりっぱに仕事をしているのが印象的だった。