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2010年4月12日 (月)

昭和の話し

三谷幸喜さんの家族をテーマにしたテレビドラマを観た。
力道山や美空ひばり、将棋の升田幸三みたいな人が普通に家の中をうろつく不思議な家族の物語り。
三谷氏は自分と同年代のはずなので力道山や東京タワーはリアルタイムじゃないと思う。
刑事コロンボに関しては、おもいっきり共感してしまうんですが。

升田幸三なんかもその活躍や戦歴については、後からの資料で書かれたものかも知れないと思ったりする。
三谷幸喜さん程の人なら生前の升田幸三に会っている可能性も有るかもしれないけど。

自分はと言うと、実は升田幸三氏の講話を無理やり聞かされたりしている。
82〜3年の事だったと思う。
バイトの様な勤めの様な職場で(市場)早く帰りたいのに、講話会が有るので残る様にと命令されたのだ。

その汚いオヤジさんは何故か手を軽く振りながら講話室に現れた。

眠い人も居る様だから早く終わりにするから、そのまま寝ててくれ。
最初の一言がそれだった。
早速俺の気持ちを見抜かれた気がした。

俺のこと知らない人も居ると思うから、軽く自己紹介をする。将棋の世界じゃちょっとは名前の知れた升田幸三って言うもんだ。世の中には名人って呼んでる奴も居るけれど、そいつはちょっと違うんだ。俺は自分じゃ名人の上だと思って居る。だから皆も俺の事は名人の上と思ってくれ。
ウソだと思うんなら俺の自宅へ来てみてくれ。表札の上に名人の上って書いてあるから。
屈託なく笑う口からタバコで汚れたかけた歯がのぞく。

それからは、タバコが好きでやめられないだの、映画になった主人公は俺がモデルだの、下らない話がつづき早く終わる事を望んでいた。
中でも最も下らない話しは、女房殿の操り方だった。

女房殿の機嫌を損ねるとこりゃぁ大変な事になる。女を上手く操縦する事が世の中すべてに通ずるんだなこれが。
どうしても機嫌の治らない時は、そっと袖に忍ばせとくんだよ。
いつもすまないねぇ。と言葉を添えてな。

二十代になったばかりの自分には、全然リアルじゃない講話は退屈なものだった。

今から思うとあの話は彼の常得意、人間操作術の噛み砕いた説明だったんだなぁ。
上司たるもの自分に責任と自信を持て、女房も操縦出来ないものに部下を指導なんて出来ない!って事だと解釈している。

82〜3年ってのは升田氏が引退して数年たった頃らしい、非公式ではあるけれど有名な将棋師に挑戦されて勝っちゃった時期でもあるらしい。(将棋わかんないのでどんだけ凄い人達であったのか、今でもわかんない。)

がさつに見える升田幸三って言う人の深さがうかがえる。たぶん

人生って五十も近くなるといろんな人と出会う。ミュンヘンのバレーボール森田氏と呑む機会があったり、淀川長治氏の話しもリアルタイムで聞くことが出来た。(同じ会場に知泉くんも居たみたい)

ただ、残念なのがガキの頃から尊敬していた大山倍達氏の声が聞けなかったことと、学生時代に体育団体の呼んだ植木等氏にお話しを伺うことが出来なかったこと。

こうして自分の昭和が終わっていった。

平成の世でも機会さえあればいろんな人の話を聞いて見聞を広げたいもんですなぁ。よしっ、今度は三谷幸喜さんの話し聞きにいくぞ。

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