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2007年8月28日 (火)

読書感想文

子供達の夏休みも終わりに近づき、読書感想文やら動物愛護ポスターやら手伝わされました。うちにはカツオが2匹もいて苦労でやんす。
そんな時、友達から借りた本が強く印象に残りました。(大塚 英志, 藤原 カムイのアンラッキーヤングマン)自分たちが小学生だった時代の物語です。
80年代に私も大学生をやっていたんですが、その時代から10年〜20年前のこと。
学生達は安保闘争と称して角材を抱え理想的な社会を築こうとしていた時代が題材でした。


79年に高校の先輩から来年は80年安保で運動が盛んになるよ。なんて聞かされていたんですが、出てきた先の東京では今昔物語もいいところだった。
自分の入学した大学は都内の三大右翼大学と言われ、民青にしても学生会にしてもそんなに盛んでは無かったと思う。
自分自身は、どちらかというと右寄りだった学生で無駄にまっすぐだった様な気がする。
まっすぐってのは時として暴走を始める。昔の学生の様に論理で固めたイデオロギーのためにうんぬんでは無く、あくまで自分の為の正義を胸の中に秘めていた。
そのバカでまっすぐは自分の所属する団体だけが大儀だった。
辞めていこうとする同期を異常に責めてみたり、力ずくで他人を黙らせたり、自分を正当化する涙を流しながらの暴挙に後輩も涙を流してくれると信じて。

しかしながら、いつもその後に空しさや虚無がわきだし、自分に襲いかかった。
その頃の自分も十分にアンラッキーヤングマンだったのでは無かったか。
数年間の大学在学中に、学閥(学部派閥)や教授派閥なんかも見る事となったし、十数年前の学生運動の生き残りみたいな人達が職員として残っていたり、かの三島由紀夫の写真を現役で持ち歩いていた職員部長もいた。
学生の中でも目立っていた私は、なぜかそんな人達にかわいがられていた。
その頃、学生の不祥事で自分の所属団体存亡の危機に陥ってしまった。
バカでただまっすぐだった自分だけがその事を知らず、先輩や顧問教授から団体の立て直しを命令されてしまった。

当時、友人達にも恵まれ、沢山の人たちが手助けをしてくれた。
部員の勧誘制を廃止し、学科選出制にしたり女子学生の役付きを導入したり、勉強もおろそかにして没頭していたせいで後で泣くことになる。やっぱりアンラッキーヤングマンだ。
おかげさまで、今でも同じ過ちをくりかえしている。
でも、心の中で「俺はついている」と思い続けられたことがせめてもの救いだ。

最近の犯罪は低年齢化して心の闇がどうのこうの・・・
テレビのコメンテーターが解説する。そんな時「あんた自分の若いときには心の闇って無かったの?」なんて口に出してしまう。
きっと、どの世代も自分の今に苦しんでるんだろうなぁなんて思わされる作品だった。

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