2008年8月 2日 (土)

浦沢プルートゥと実相寺ウルトラマン

「ウルトラマンを子ども達の敵にしちゃ駄目だよ。」この一言で実相寺監督の手によるウルトラマン・ザ・ムービーの構想(スポンサー、大人の事情による事も大きい)が実現しなかった。
自然破壊や戦争をくりかえし、人間の都合だけで異星人や怪獣を殺す。あげくに自らの未来までも破壊していく人類に「次は私が地球人(人類)の敵になるかもしれない。」とウルトラマンに言わせるところまで考えていたらしい。メッセージ色が強い実相寺版ウルトラマンを見ることが出来なかったのが残念だ。明確なビジョンを持つ実相寺監督は演技力を役者に委ねていても5ミリの立ち位置のズレも許さなかった人物だった。そんな芸術的で絵画のような新作はもう無い。

先日出たばかりの浦沢直樹氏プルートゥの6巻を購入した。苦悩するロボット達、それを利用する人間、さらに上で暗躍する謎の頭脳(電算機)物語の確信へと近づいている。
雑誌では最終章への突入らしき事も書かれていたが、かつて太陽系の惑星だった冥王星にちなんで9巻で終わりなのか。
現時点でのプルートゥはその後の人類にとって非常に暗い影を落とす展開だ。
かつて手塚治虫氏の作品「アトムの最後」を思い出さずにはいられない。手塚氏曰く「世間ではウチゲバ革命運動盛んで社会が暗かった頃のとっても嫌な作品」と語っている。内容はアトムが活躍していた頃より50年後。そこは人類にとって最も恐ろしい未来だ。それでもアトムはまだ人間の希望だったというお話。理不尽な事、人種差別や戦争を心底憎む手塚氏のダークな部分が色濃くでている。「このままじゃいけない、こんな未来じゃ駄目なんだ。」というメッセージがつよい。
浦沢氏のプルートゥにもそんなダークな未来を予感させる部分がある。ちりばめられたキーワードに一つだけじゃない未来への複線。きっと希望へとつながる扉も隠されていると信じたい。
浦沢氏のプルートゥや実相寺版ウルトラマンの根底にあるものが手塚氏とかわらない魂の叫びじゃないかと感じる。

三人の中で今現在表現の自由を与えられているのは浦沢氏だけだ。実相寺監督の役者の立ち位置を気にすることも無く、少しは有るかもしれない大人の事情もはね除けて、漫画界の巨人への挑戦を苦悩しながらも浦沢ワールド、浦沢アトムを完成へ近づけて頂きたい。それが先人達への敬意と後を継ぐもの達の使命だとすれば。
6巻の巻末に山田五郎氏の後書きは唯一希望の文章だ。「こどもの頃に思い描いた未来を取り戻そうじゃないか。」それは私たちの生きる厳しい現実の中年世代層にちょっとだけ光を与えてくれている。

今、手塚治虫という漫画界の巨人が浦沢プルートゥを読んだとしたら、きっとこんな(理不尽な?)ことを言うんじゃないかと思う。
「アトムをこどもの敵、人類の敵にしちゃぁだめじゃないか。浦沢君、きみのプルートゥは漫画とは言えない!。・・・でもね、ぼくの時代には描けなかったんだ、悔しいよ!、うらやましいんだ浦沢君のことが。」

2008年7月 1日 (火)

虎視眈々

だからいったじゃない!ブログなんてつづかないんだからって。
と言うことで。
「さよなら鳥居みゆき」なんていうユーチューブを見た。たぶんファンが結婚しちゃった彼女を想い作ったんだと思うけど、それってなんか違う感じがするんですが。
以前同級生が「原田知世が結婚しちゃったヨォー、ショックで寝れないヨォー。(当時30代後半)」あと、テレビニュースで秋篠宮さんとこの紀子さんが最初のご懐妊の時街頭インタビューで「ショックです。紀子様好きだったのに〜。」と涙目で語ってた人。
お前ら絶対何かが違うぞ!


鳥居みゆきって最初に認識したのがダウンタウンの番組で、芸風が変わっていたからユーチューブで検索してみた。 引っかかったのがテレビで放送出来ない赤ずきんちゃんネタ。ズリズリ引き込まれていって「あぶねーなこの人。」て感じがした。もちろん芸風なんだろうけど、あのスタンスはこれからも崩して欲しくない。 同じ事務所の竹山氏やルネッサ〜ンスの人なんかは、時々素にもどり「実はいい人」ついでに言えば、ごくせんの悪ガキ生徒たちは「実は素直な子」てな筋書きみえみえな所がどーも気に入らない。(話をしていた友達も同意見)

私が鳥居って言う芸人さんを認識した直後に「けっこんしましたぁ〜、にげろ〜っ。」をやってくれたので手をたたいて楽しんだ。古くからのファンはショックだった様ですが。


話はグッとローカルになる。私の居る静岡県ってのはにゅるっと横に長い県。 その昔は浜松県と韮山県とに分かれていたらしい。今でこそアンギラスの寝床の様な長い土地になっているんですが、その為西と東とでは風土、習慣がまったく違ってきちゃいます。 新商品が出ると「先行販売」と称して県内のストアーさんにばらまかれる。いわゆる商品動向のテスト地区らしい。そんな関係もあるのか、数多くの芸人さんがローカルにもかかわらずレギュラー番組をもっている。 全国的にもめずらしくテレビ局(SBS万歳)を4社もかかえる静岡県は厳しい場所だと思うんだけど、そこはおだやかな県民性なのか新しい物や人をわりと早く受け入れちゃう。 しかも、西と東では反応もかなり違うので「静岡で成功すれば全国で成功できる。」みたいな所、まるで浜松の出世城ってとこらしい。

ここには、かつて人気者だった芸人さんや、今売れっ子の大食いタレントが普通にテレビに出ている。
もちろん売れっ子さんは、全国放送で毎度見かけるし、たまに全国放送に顔を出す芸人さんも県内ではいつもテレビに出てる人なのだ。


吉本の地方事務所って各県に有るんだよね、と友達が教えてくれるんだけど、地方芸人さんて苦労する事も多い。とくに男女のユニットってのはそれだけでほかの芸人さんより努力が必要なんだと思う。 この地域にも頑張っている芸人さんが居て、カズあんどアイなんて人達が頑張ってる。(店にバラを買いにきてくれた) せっかく環境の良い静岡にいるんだから、地元密着だけでなく全国を目指してほしい。虎視眈々と出世を目指していつでもキラキラ目を輝かせてほしい。こっちは何時でも背景にバラをちりばめる準備は出来てますぜ。

てなことで、かつての人気芸人さんにも静岡ってとこから再び全国を目指して欲しいのだ。
今、最高の時を迎えてる芸人さんなんかも必ず夕暮れ時は寂しそうなんて時が来ます。そしたら静岡へ来て下さい。いつでも暖かく迎えまっせ。
そして、全国に向かって再びがんばりましょーや。


とゆーことを書きながら、ホントの所言いたいのは1点のみ。 1年間ラジオで頑張って充電も充分なハズ。 今羽ばたこうとしている友達のYちゃん!全国は君を待っている!。

後からおいらも頑張るぞ!(あぁ、前置きが長かった。)
と言ってみたかっただけでやんす。

鳥居みゆきの話はどうなったって?。
「わたし・・・普通の主婦になりたいので引退します。にげろ〜。」って言うまで頑張って欲しい。

2008年3月15日 (土)

懺悔

女優の根岸明美さんが11日亡くなった。

花屋駆け出しの頃、帝劇へお花の配達へ行きました。
警備室で「根岸さんの楽屋はどこでしょう」と聞いたところすぐに教えてくれた。
「初日おめでとうございまーす。」の声を掛けながらお部屋にうかがうと、きょとんとした顔で「あたしに?、えっあたし。ダレからだろう!。」と名前を確かめた。
「あっ、これ根岸季衣さんだよ。あっちの部屋、あっち。だよねぇびっくりしちゃった。」と笑いながら教えて下さった。
根岸さんが二人ご出演していることに気がつかなかった自分が恥ずかしい。

あの時には本当に申し訳ありませんでした。ごめんなさい。
そして心よりご冥福をお祈り致します。

2008年3月 1日 (土)

花も嵐も

今日は当家のお嬢の卒業式だったんです。
いろんな事があった三年間ご苦労さんでした。
この春から社会人になるんですが、また色々有るんでしょうなぁ。

一つだけ言っておく。
明日以降学校の制服に着替えると、それはただのコスプレですから!。

2008年1月27日 (日)

この良き日に

本日の天気快晴。
寒い朝に花束のセッティング、メインテーブルを車に積み込んで会場まで配達。
静岡の空の下から遠い高知の先輩へ応援歌を歌う。

今日は学生時代にお世話になったN先輩の結婚式だ。
昨年の暮れ突然の電話があった。「おい、ばら太郎!俺結婚するから高知まで来い。」
待ちに待った先輩の言葉だった。

学生時代、夜の夜中に私のアパートに一升瓶をかかえながら、「おい!起きろ、今日は朝まで飲みたいから貴様も付き合え!」
「押忍!」その一言でとび起きて、コップの準備をする。
「貴様、俺の酒が飲めんちゅーんか!」で一気のみ。
「もったいないから、ゆっくり飲めや。」で少し気をぬくと
「貴様、きゅーっといかんかい!」
理不尽で強制的でありながら、私の愚痴を熱心に聞いてくれる。
「そうか、そうか、そういう考えだったか。すまんかったのう。」先輩が後輩の自分に謝ったりもしてくれる。当時の先輩方の中では考えられないくらい大人だったN先輩だ。
面倒見の良さでは天下一で未だにN先輩を超える人にはお目にかかっていない。
この年になる今でも彼に影響されつづけている。
そんなN先輩の結婚式が今日だったのだ。

先輩からの招待状が届いた日から悩みが深まるばかりでつらかった。
万難を排して駆け付けたいめでたい日に、確実に仕事がバッティングする事が分かっていたからだ。
少数人数で運営している自分の店では、自分以外に仕事のこなせる人材が皆無。
特に婚礼は失敗がゆるされない。
高知へ行きたい気持ちが作用したのだろうか、ありえない失敗をやらかしてしまった。
大切なウェルカムボードを破損してしまった。ここ十数年間起こした事がない単純ミスだ。
お客様には出来る限りに誠意をつくし、事なきを得た。今に集中すべし!と自分を戒めた午前をすごした。

今頃友人のマコッちゃん、先輩の晴れ姿みてんだろうなぁ・・・などと考えてみる。
遠い高知の先輩に幸あれと歌いだす。「あおやーまほーとり、ときわまつー!」
とどけとどけ!高知まで!

N先輩、おめでとうございます。乾杯!


2007年11月 7日 (水)

撤回仮面

反対の賛成なのだぁ〜。

ho,ザワさんの場合「皆さんのご要望により辞任するのやめます。」
でた〜っ、撤回仮面〜っ!
お福ださんの場合「大連立?誰が言い出したの?、あうんって事かなぁ。」
でた〜っ、撤回仮面〜っ!
亀吉くんの場合「とりあえずテレビ的に謝っただけや〜んっ。」
でた〜っ、撤回仮面〜っ!

と、言うことであちこちに火種がくすぶっている火事現場より中継致しました。

やられました。

2007年11月 5日 (月)

民主の民主趣味

何でも反対、どれでも反対、辞任も反対、反対反対反対だぁ〜。

反対の集団さん、そのまま反対をしつづけていて下さい。なんでもかんでも反対しててください。反対していれば権力が転がり込んでくると思っている方々は幸せです。やるべき仕事を停滞させていられる方々は幸せです。
大連立おおいに政権奪取につながる事だったじゃないですか。お互いの法案を細かく議論できるチャンスじゃなかったですか。その場の流れを見てるだけじゃ無く、大河全体を掌握して河の流れを変えられるチャンスだったじゃないですか。

つぎのトップの皆様頑張って亡霊屋敷の番人やってて下さい。二度と来ない天使の前髪を待ちつづけて下さいませ。残念ですが失望感が残ります。

辞任を決意された元番人さま、有志の皆様を引き連れ連立の道を切り開いて下さいませ。現状であるよりもけんせつ的方向に羅針盤を向けて下さいませ。

日本の未来、さて明日はどっちだ!。

2007年10月28日 (日)

バラエティと教育-1

80年代を代表するバラエティ業界の大御所が顔を会わせた日本教育白書という番組があった。総合司会はビートたけし氏らしいが、現場では爆笑の太田氏がご意見番だった。自分の目には田中氏が一番の切れ者司会者と感じた。

たけし氏は80年代の漫才ブームからいち早く抜け出し、ひょうきん族、風雲たけし城へと活躍の場を広げていった。それを支えた敏腕プロデューサーがテリー伊藤氏だ。ふたりはそれまでの習慣やオカルト、有りとあらゆる物をチャカしてきている。
ある時は「先生、それは空中浮遊なんですか?、俺にはあぐらかいてジャンプしてる様にしか見えませんがねぇ!」某宗教団体への潜入取材?。それを前後して写真週刊誌にその団体教祖の浮遊写真も話題になり大きく信者を増やす要因となった。その後団体は危険な方向へ進んでいく。
いたこをチャカしてお笑いにして、協会からクレームをもらったりもしていた様だ。
今でこそ世界の北野と言われるぐらいの文化人とされているが、80年代の氏を考えると、なんともである。
テリー氏も番組の中で話していたが、おもしろいと思った事はすべてやった、と言うことだった。バラエティの神様と言われ伝説的存在だ。
そんなふたりが教育について語る番組に出ている事が滑稽で笑えた。

爆笑の太田氏が亀田問題についてテリー氏に異見していたが、そこは流石にテリー氏、流れを読む早さはバラエティをリードしてきた猛者と感じる。
言ったもん勝ち、やったもん勝ちを自でいくこの二人について来られるもんは着いてこい。出来なきゃ置いていくぜ状態。

教育って何だと考える時、この二人から教わった事、「1は俺たちがやって見せた。2からはお前ら自分で考えろ!。」って感じですかね。
いろんな意味で彼らは先生になっている。

実際、教わって身に付くことなんてそんなに多くはない。最初の基本を叩き込まれた後は自分の引き出しの整理をして応用していく事が後につながる事になる。

で、結論はと言うと現在の教育の「最初の1が間違ってる。」ってのが実感です。

2007年10月14日 (日)

秋が来た〜

来ました。秋のばらシーズン!。

01
02
03
04
05
06
08
07_2

2007年9月28日 (金)

古い習慣、もういいでしょ

相撲界が激震中。
複雑な気持ちだ。時津風部屋と言えば先代の理事長で元時津風親方が自分の大先輩になる内田先輩だ。
学生のころ先代には大変お世話になり、学生への為の賞を提供して頂いていた。その名も時津風賞。
部屋までビール2ケースを抱え、賞の対象者名簿なんかも届けに行った記憶がある。
先代は気さくに話しかけて下さり、学生時代の思い出なんかも聞かせて頂いた。
当時は蔵間関も健在で自分も含めてよくパシリをさせられていた。武勇伝も数々聞いていたが、ここでは言えない事もある。
相撲界や当時の学生時代にはまだまだ古い体質が多かったが、未だにしごき系の習慣が残っている世界って言うのはどうだろうか?。時代と共に少しづつでも変えて行く事は出来なかったのか。

普通の会社でも古い体質や陰湿な習慣が当然の様にあるんですが、それこそ社会保険庁や肥大化しすぎた会社の末路、結果がぼろぼろ出てくる時代だって言う事に気が付かないんだろうか。とくに内部告発なんかでネット上の口に蓋が出来ないって事に。

たしかに相撲の世界では、「やられたくなければ先輩より強くなれ、土俵でやり返せ。」ってのは当然だと思うけど、ただのしごきで親方自らビール瓶っていうのは情けない。「現親方、あなたこそ情けないですよ。」先代、歴代の親方衆にどう申し訳をたてるか大人としての判断を現時津風親方にゆだねます。

«タッチ、タッチ、そこにタッチ