2015年2月25日 (水)

自分の為の花。そういえば只の一度も挿した事無いなぁ。
常に誰かの為、その意味では自分のエゴの塊をお客さんに押し付けている事になっているのかも。完成した瞬間が評価の時(一番怖い瞬間)。で、自分のお金で自分の為に作品を楽しんで作った事が無いって思ったワケです。

思い出なのか幻なのか(多分実話)、自分が小学5年生の頃、毎日暗くなるまで通っていた小学校の遊具で遊んでいた。終礼の鳴り終わった後、こっそりと忍び込んで独占遊具で遊び倒した。何時の頃からか何となく一緒に遊ぶ様になった近所の女の子が側に居るようになった。確か1学年下で中島早貴似の可愛い娘。ジャングルジムから雲梯に目まぐるしく動き回る活発な女の子だった。
夕焼けが消え黄昏て月と宵の明星が出るまで遊び続けていた。苗字はわかってるけど名前は思い出せない。遅くなると家まで送って行ったりもした。その娘はお母さんに怒られて、送って行った私はお礼を言われる事が多かった。毎回その娘に申し訳無かったけど一日の終わりに心地いい気分で家に帰ると当然自分も怒られた。玄関を閉められていた事も有った。そんな楽しい日々がずっと続くだろうと信じていた。

いつの間にか待ち合わせの場所になっていたプール前のジャングルジム。何週間かたったその日、何時もの時間に普通にあの娘が居る。と、その日はもう一人別の女の子が立っていた。
見たことも無いその女の子からジロジロと見られる自分。ふぅ〜ん!って感じでしばらく沈黙。すると唐突に「今度の休みにどっか行く?」って初対面で言われた。半ば強引に出かける事になったんだけど小学五年生の知恵では、そのどっか?がわからない。

そして次の土曜日半ドンの日。二人の女の子を連れて、小坊が無い知恵を振り絞ってズルズルと歩きまわった末にたどり着いた先が駄菓子屋でも喫茶店でも無く、以前一度だけ行った御食事処。暖簾をくぐり席に着くと机に出されたコップの水がゆれていた。会話も少なくジュースを飲んで、玉子丼食ってハイ終わりみたいな非情に虚しく無駄な時間を過ごした感じの居た堪れなさだけがその場に有った。

そんな事が有った後、間に入って来た友達の女子のパーテーションが異常に高い山の様に見えてきた。自分の中で面倒くささが大きくなって次第にジャングルジムから遠去かり、いつの間にかその娘と自然消滅的に会わなくなっていった。

あれから6年が経っていた。高校帰りのバスでの事。一番奥の座席から○大付属高校の制服を着た4人組のワイワイ騒がしい女子の声がする。座る席を探しながら声に近づいて行くとその中に見覚えのある娘が居た。

あの子だ! あの頃とすっかり変わって美人さんに成長したその娘と少し目が合った。気付かないフリして4つ程前の席に座る。外を眺めていても後ろからの声が気になり少し落ち着かない。そんな時、聞き覚えのある声が耳に入って来た。「私ね、いま大学生に誘われて居るんだ。どーしようか迷っている!。」何ですと?思わず前の席のオバちゃんのパーマ頭をガン見!。
一緒に居た友達女子も初耳だったのか「え〜、いいじゃ、いいじゃん!付き合っちゃえば!カッコイイの〜?」なんて会話。全然関係無いんだもんねと自分に言い聞かせながら聞き耳をたてた。「どぉしよ〜かなぁ?思い切って付き合ってみようかなぁ〜。」とあの娘の声。ピキッ!、こめかみの血管が浮き出てくる感覚がメキメキと。背後から意表を突かれ、撃ち放たれた「私ってモテるのよ」光線銃に全身がビリビリと痺れまくる放心状態の哀れな自分をバスの天井に浮遊するもう一人の自分が見ていた。

女子のいや〜な部分をバスの閉鎖的空間でたっぷりと味わった自分は居た堪れずに最寄りの停留所の一つ手前でブザーを押してしまった。兎に角息をしたい、空気を思いっきり吸い込みたい一心だった。

転げ落ちる様にバスから逃げ出した。ぶつかりそうな勢いで目の前に飛び込んで来た停留所の名前に愕然とする。「○○小学校前」そこはあの頃に暗くなるまで遊んだジャングルジムの有る小学校の正門前だった。

トボトボと歩く自分の影が夕日で長く伸びている。見上げればキラキラ輝く宵の明星が西の空に浮かんでいた。(マジ本当の話)

そんな事を思い出しながら、こんな塩っぱい、こんなに酸っぱい感情を作品に出来ないもんかなぁ〜と漠然と考えている。勿論作品は経験だけが形になる物では無い事はわかってるけど。

映像として作品を作ったり、歌として作品に残したり仕事として作業して居る友達を見ていると、とんでもなく大変で地味な作業である事がズンズン伝わって来る。
自分がどれだけ甘ちゃんで、自分の為にだけ作品を作り写真に収めるなんて余りにも贅沢。

わかってる!わかってるけどやって見たい事。
ジャングルジムを模った花器を花でいっぱいにしたい!そして完成した作品と月と宵の明星を同時に写真に収める!
そんな事をただ漠然と考えている今日この頃。
何かを残しておきたいなどと考えるのは歳くって来た証拠なのかなぁ〜。

2013年8月24日 (土)

夏はビヤガーデンだぁ!

まだ生き残っているとは驚きだぁ!ビアガーデン(居酒屋)開催中。9月もやるよ〜ん。

2011年12月14日 (水)

虹の橋には行けない。

家族の寝ている間に彼女は静かに逝ってしまった。
専用ベッドを抜け出し、いつものハンガー下の狭い場所。でも今の彼女にとってそこはあまりにも遠い場所だった。
15年、長い様でもあり一瞬の様でもあり。
ガラス扉の向こう側で首を長くして扉を開けてくれるのを待つ姿が、今でもそこにある。

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2010年4月12日 (月)

昭和の話し

三谷幸喜さんの家族をテーマにしたテレビドラマを観た。
力道山や美空ひばり、将棋の升田幸三みたいな人が普通に家の中をうろつく不思議な家族の物語り。
三谷氏は自分と同年代のはずなので力道山や東京タワーはリアルタイムじゃないと思う。
刑事コロンボに関しては、おもいっきり共感してしまうんですが。

升田幸三なんかもその活躍や戦歴については、後からの資料で書かれたものかも知れないと思ったりする。
三谷幸喜さん程の人なら生前の升田幸三に会っている可能性も有るかもしれないけど。

自分はと言うと、実は升田幸三氏の講話を無理やり聞かされたりしている。
82〜3年の事だったと思う。
バイトの様な勤めの様な職場で(市場)早く帰りたいのに、講話会が有るので残る様にと命令されたのだ。

その汚いオヤジさんは何故か手を軽く振りながら講話室に現れた。

眠い人も居る様だから早く終わりにするから、そのまま寝ててくれ。
最初の一言がそれだった。
早速俺の気持ちを見抜かれた気がした。

俺のこと知らない人も居ると思うから、軽く自己紹介をする。将棋の世界じゃちょっとは名前の知れた升田幸三って言うもんだ。世の中には名人って呼んでる奴も居るけれど、そいつはちょっと違うんだ。俺は自分じゃ名人の上だと思って居る。だから皆も俺の事は名人の上と思ってくれ。
ウソだと思うんなら俺の自宅へ来てみてくれ。表札の上に名人の上って書いてあるから。
屈託なく笑う口からタバコで汚れたかけた歯がのぞく。

それからは、タバコが好きでやめられないだの、映画になった主人公は俺がモデルだの、下らない話がつづき早く終わる事を望んでいた。
中でも最も下らない話しは、女房殿の操り方だった。

女房殿の機嫌を損ねるとこりゃぁ大変な事になる。女を上手く操縦する事が世の中すべてに通ずるんだなこれが。
どうしても機嫌の治らない時は、そっと袖に忍ばせとくんだよ。
いつもすまないねぇ。と言葉を添えてな。

二十代になったばかりの自分には、全然リアルじゃない講話は退屈なものだった。

今から思うとあの話は彼の常得意、人間操作術の噛み砕いた説明だったんだなぁ。
上司たるもの自分に責任と自信を持て、女房も操縦出来ないものに部下を指導なんて出来ない!って事だと解釈している。

82〜3年ってのは升田氏が引退して数年たった頃らしい、非公式ではあるけれど有名な将棋師に挑戦されて勝っちゃった時期でもあるらしい。(将棋わかんないのでどんだけ凄い人達であったのか、今でもわかんない。)

がさつに見える升田幸三って言う人の深さがうかがえる。たぶん

人生って五十も近くなるといろんな人と出会う。ミュンヘンのバレーボール森田氏と呑む機会があったり、淀川長治氏の話しもリアルタイムで聞くことが出来た。(同じ会場に知泉くんも居たみたい)

ただ、残念なのがガキの頃から尊敬していた大山倍達氏の声が聞けなかったことと、学生時代に体育団体の呼んだ植木等氏にお話しを伺うことが出来なかったこと。

こうして自分の昭和が終わっていった。

平成の世でも機会さえあればいろんな人の話を聞いて見聞を広げたいもんですなぁ。よしっ、今度は三谷幸喜さんの話し聞きにいくぞ。

2010年4月 2日 (金)

あと少しで

四月も6日を過ぎると入学式もひと段落。
もう一息でめまぐるしい忙しさも終ってしまいます。
途中風邪でダウンと言うアクシュデントも有りましたが、何とか乗り切ったのかなぁー。稼がせては貰えなかったけど。

2010年3月18日 (木)

会場設置

昨日のつづきなんですよ。
せっせと作った昨日のアレンジが会場へ設置されるとこんな感じになります。
5E1F88CE-36F3-4DD0-AEDE-DA0D05C5106Cだったり

DD6E3B42-3D97-4377-9299-4E8BE48488F1になったり

66AAE46E-F6D9-4E6A-B409-B7AB10A1A6D1こんなにでかかったり

5C432CEC-E8E4-4B88-AAD6-766E0C59F2C4ステージを飾る訳ですよ。


でもって、今日も電池ぎれなので寝ます。

2010年3月17日 (水)

明日はついに

いよいよ明日は卒業式の為の搬入大会です。
そんでもって49E897B2-73B8-4755-B442-DCA2E880DA6Eこれが1DC9A8EB-C527-43B6-9F70-F674F4727D25こんなで
7F786BA0-428C-487B-84E0-AC24331DC691こんな風に

94C7332C-447B-4D3F-9DCF-77753ED3EEE3なりました。


今夜コサージュのリボンを四十個作る予定だったんですが、すっかり忘れて会社へおいて来てしまいました。
おばかです。

2010年3月16日 (火)

いぞがしー

ピークだー。
忙しさのピークをむかえてしまった~。CD8E7A47-182D-4ECD-AD09-ACDA0563964F写真は横向だけど。

写真まで眠い様なので私も今日はもう寝ます。

2010年3月11日 (木)

ラジオでバースデー

毎年この時期花屋さんはとても忙しい。
3月には次女の誕生日がある。でも満足に祝いも出来ないまま、勝手に夕飯を食べてもらうくらいに放ったらかしだ。

まして、四十すぎの友達なんかは今まで祝ってあげた事なんて殆んど無い。
数年前からラジオで雑学を喋っているシリスギ仙人の誕生日も、忙しい最中の三月だ。

今年こそは何かしてあげられないかと思いつつ、何もせずにその日がスルーされて行く。毎年申し訳無いと思いながらコンビニ茶菓子でゴマ化してしまっていた。

でも今年はちょっと違っていた。

ヤツはラジオで毎日の様に喋っている。じゃラジオでお祝いしてもらえばイイじゃん。実に安易で自分の手を汚さずにラクチンにお祝い出来るではないか。うんうんそれがいい、第一俺が楽で、しかも本人も喜ぶかもしれん。

という事で、番組へ早速メール。
しかし思い出したんである。一昨年同じ様にメールしたんだがパーソナリティに怒られてしまった。
すでに雑学のコーナーが終っていて、「もっと早く言ってよー」とイマイチ出遅れた。

だから今年は怒られないように前日にメールを送っておいた。

しかし、しかしなんです。

いつもの様に雑学のコーナーが始まり何事もなくスルスルと時間がすぎて行く。あぁ、今年も去年同様ボツにされてしまったのかぁー。


今日の雑学のまとめ
なんたらは、何たらである~。

あーぁコーナーも終わりかぁ。今年も祝えなかったなぁー
と、思ったその時。
ところでシリスギさん、こんなメールが届いているんですが。

「いつも寂しく壁に向かってブツブツ喋っている僕の友人に御祝の言葉を御願いします。」
ハッピーバースデートゥユー、ハッピーバースデートゥユー
パーソナリティのギターアンド歌声がラジオから聞こえてました。
スゲー。
理想的なパターンだー。B7C78296-FFA6-42D3-9781-8BF99CE6B0ACせめて写真だけでも。

なんだか嬉しいやら、こそばゆいやら。
何年かぶりにちゃんと祝えてやれた様な気がする。

SBSラジオのらぶらじ
テツサンと玲子さん、そしてスタッフの皆様。採用していただきましてありがとうございます。

数分後、シリスギくんからメールが届いた。
「余計な事すんな。」

2010年3月10日 (水)

iPhoneからのブログ

iPhoneから書き込んでいます。
こんな事が出来るなんて、便利になったもんです。
これだったら、続ける事が出来るかもしれない。
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お祝いのお花5000円アレンジ

いよいよ卒業式が近づいてきた。これから毎日学校用のアレンジ作ったり、1本ラッピングのバラを数百本まきつづける地獄の日々が待っている。
今年は卒業生のコサージュも入ってる。
納品日は全て同じ日。うわぁーなんですよ。
年々体力と忍耐力が低下してきているんで、上手く配分しないと体もちません。
泣き言いっぱいなんですよ。
1851FFE0-1942-4A0F-9727-F3E21F04CA0F気分は黄昏てます。

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